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名古屋開府以前は、泥江縣神社の境内社であったと伝えられている。開府以前の広井村は堀川の東まで広がっており泥江縣神社が氏神であったが、城下町が出来たことで泥江縣神社は城下町に取り込まれ、村の氏神はこの神明社に変わったと『名古屋府城志』や『尾張年中行事絵抄』に書かれている神社である。
『尾張志』では鎮座の年月は不明であるが、寛文3年(1663)9月が最初の社殿修築の記録となっているので、それ以前の創建であろう。旧社格は村社であった。
城下の大半を焼き尽くした元禄の大火(1700)や享保の大火(1724)で類焼しているが、そのたびに氏子たちにより再建されてきた。太平洋戦争では戦火を免れ、昭和29年(1954)に本殿の改築と拝殿の新築を行い、境内は独特の風情を醸し出している。
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