今も広大な道徳公園だが、昔ははるかに広く映画の撮影所も園内にあった。 現在は広い池やコンクリートのクジラ像など、他の公園にはない魅力的な施設があり、人々の憩いの場所になっている。 |
道徳公園 | 映画撮影所(マキノ中部撮影所) |
◇鷲尾善吉の頌徳(しょうとく)碑 鷲尾善吉は塩田村(現:愛西市)の豪農で、文政4年(1821)に道徳前新田を開発した。 昭和30年(1955)に建立された頌徳碑は、表に新田の歴史、裏面に最初に入植した42名と碑の建立に協力した人の名が刻まれている。 碑の右上にある「文政四年」の横に「紀元二四八一年」と彫られている。 |
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これは西暦では無く、神武天皇が即位した年を基準とする皇紀である。日本が戦争に邁進していた昭和15年(1940)は紀元2600年にあたるとして、皇威や国威を発揚するため大々的な行事等が行なわれたが、戦後はほとんど使われなくなった。昭和30年(1955)建立の碑に皇紀が書かれているのは珍しい。 |
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◇クジラ池 今もあるコンクリート製のクジラは、噴水が噴き出し昔は子ども向けのプールになっていた。長さ36尺(10.8m)のクジラ像は昭和2年(1927)に後藤鍬五郎が造った。この像は登録有形文化財と名古屋市の認定地域建造物資産になっている。 ※後藤鍬五郎とは? 鍬五郎は明治25年(1892)生まれで、39年(1906)に矢場町山田工芸所(山田光吉、塗装業)へ入社。大正9年(1920)に独立して東築地で看板屋を営んでいた。その頃にクジラ像を手がけ、親方の山田光吉と共に現在の東海市で聚楽園大仏と仁王像をつくっている。また、今はないが道徳観音山の楊柳観音像、長浦海水浴場(現:知多市)の大ダコなど多くのコンクリート像を建立した。 |
◇山神社境内に遺物 道徳小学校南に鎮座する山神社の境内に光徳稲荷が祀られている。本殿前の灯籠を見ると、右側面に「昭和二年十月建立」、裏面に「文明館職員一同」と刻まれている。 山神社が道徳へ遷座した年より3年前の年号が刻まれているのは、元はこのあたりから北にかけてあった映画撮影所の構内に鎮座(現在の道徳小学校校庭あたり)していた稲荷が遷座されたからである。 撮影所は昭和2年(1927)1月に起工式を行い6月から撮影が始まっているが、その年の10月にこの灯籠が奉納されている。奉納者が文明館職員一同なのは、撮影所を開設し所長をしていたのは大須で文明館と港座、高岳で日本館という映画館を経営していた竹本武夫なので、その縁からである。 |
2023/09/01 |
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