東築地の産土神
東築地神社
 東築地神社は五号地ができた翌年に創建され地域と共に歴史を刻んできた神社である。鳥居は、近くにあった名古屋教育水族館の職員が奉納者に名を連ね、境内の石柱は太平洋戦争が始まった事を記念して建立されたものである。

    五号地築造の翌年創建   境内に残る歴史の足跡



五号地築造の翌年創建
 五号地が造成された翌明治44年(1911)の創建で、祭神は熱田皇大神(あつたすめおおかみ)である。
 秋葉社と津島社が両脇に、本殿右手には宝徳稲荷、左手には金刀比羅金毘羅社が祀られている。

 『愛知県神社名鑑』によると、最初は東築地町二十番地で移住者達により産土神として創建され、大正元年(1912)の台風で被災して竜宮町一番地へ一旦遷座した後東築地町四番地へ、更に昭和17年(1942)に大同特殊鋼の工場拡張で現在地へ再遷座したとのことである。





境内に残る歴史の足跡
◇鳥居に水族館の痕跡
 入口に立つ鳥居は昭和8年(1933)の建立で、奉納者の中に「水族館主任 石井吉三」の文字があり、かつてこの付近に「名古屋教育水族館」があったことを伝える数少ない歴史遺産である。

◇石柱に太平洋戦争開戦記念
 また鳥居際にある国旗掲揚柱と思われる木柱を支える石柱には「大東亜戦争記念」の文字が彫られ、裏面には「昭和十七年五月」とある。
 16年(1941)12月に太平洋戦争が始まり、当初の日本は連戦連勝し破竹の勢いで戦線を広げていった。当時の人々が輝かしい戦果を賞賛し、誇らしい気持ちで建立したと考えられる。しかし、建立から1月後の6月に行なわれたミッドウエイ海戦で日本軍は大きな被害を受けて戦局は逆転し、日本は無条件降伏への道を歩き始めている。
 なお、文字にはセメントで埋められたような跡があるが、戦後に進駐軍をおもんばかって埋めたのではなかろうか。










 2023/10/16