頼朝誕生の地
誓 願 寺
 熱田神宮のすぐ西にある誓願寺は、かつては大宮司の下屋敷があった場所である。源頼朝の母は大宮司の娘で、この下屋敷で頼朝を出産した。また義経はここで元服したとも言われる。
 それから400年近い年月が流れた戦国時代に、下屋敷跡地に誓願寺が建立された。織田信秀や豊臣秀頼、尾張藩主などの厚い庇護を受けた寺である。

    源頼朝 誕生   源義経 元服   誓願寺 創建



源頼朝 誕生
   誓願寺が建つ地は、平安時代には熱田神宮の大宮司である千秋家の下屋敷があった。

◇頼朝の母……大宮司の娘
 河内源氏の棟梁である源義朝(よしとも)は熱田神宮の大宮司千秋季範の娘 由良御前を正室に迎えた。懐妊した由良は実家に戻り、久安3年(1147)4月8日に男子を出産した。これが頼朝である。邸内にあった池の水で産湯を使ったと伝えられている。

 なお『名古屋市史』には『張州府志』『尾張志』記載の瑞穂区にある龍泉(りょうせん)寺境内の亀井泉と呼ばれる井戸が頼朝産湯の井戸という説も掲載している。

 
「頼朝公産湯池」碑と
源氏の白旗を模した記念碑
◇父義朝……野間で謀殺
 父義朝は保元の乱(1156)で平清盛などと共に後白河天皇の側について勝利し、頼朝は保元3年(1158)に皇后宮の権少進に任官されその後昇進していった。
 しかし父の義朝は平治の乱(1159)に破れ、勢力挽回を図るべく東国をさして落ち延びていったが、途中知多半島の野間で家人(けにん)の長田親子により謀殺され、頼朝は近江で捕らえられて伊豆へ流罪になった。

 その後、治承4年(1180)の以仁王(もちひとおう)の平家追討の令旨をきっかけに挙兵し、建久3年(1192)に鎌倉幕府を開いている。



源義経 元服
   平治元年(1159)に、源義朝と側室である常盤御前との間に生まれたのが義経である。
 生まれた年に父の義朝は平治の乱に敗れて殺されており、22歳の時に頼朝と対面するまでの資料はほとんどなく、正確な経歴は分からない。嘉応元年(1169)、11歳の時に鞍馬寺に預けられたが、その後出奔して奥州の平泉を目指して下向したと言われている。

 
◇熱田で元服……『義経記』
 室町時代(14世紀)に成立されたとされる『義経記(ぎけいき)』やそれを引用する『尾張名所図会』では、承安2年(1172)に金売り吉次とともに鞍馬寺を出て平泉へ向かった。途中、尾張の熱田宮に来て大宮司邸で3泊し、その時に稚児姿では不都合なので元服したいと希望したため大宮司が烏帽子を奉じて元服し、平泉に向かったとされている。


『尾張名所図会』
◇竜王町で元服……『保元物語』
 一方、12世紀に成立したとされる『保元物語』では、今の滋賀県竜王町で元服したとしている。
 鞍馬寺を出奔したのは承安4年(1174)3月3日のこと。その夜は近江の「鏡の宿」(東山道の宿場)に入り宿を取り、夜更けに自ら髪を切って元服したとのことである。
 竜王町には元服の時に水を汲んだ元服池や烏帽子掛の松、泊まった宿屋の跡と言われる場所があり、観光名所になっている。



誓願寺 創建
   誓願寺は、浄土宗西山派の寺で、大永5年(1525)に日秀善光尼により創建された。

◇熱田の神のお告げで創建
 善光尼の父である山田藤蔵は織田信秀(信長の父)に仕える武士で、善光尼は吉野右馬允に嫁入りした。しかし18歳の時、夫の右馬允は越前の戦いで戦死し、善光尼は翌年信濃善光寺で受戒して「善光」の名を受け帰郷し仏道三昧の日を送っていた。
 ある夜の夢に熱田の神が現れ「神宮の西にある頼朝誕生の地にお堂を建て、山崎村の熊野神社にある楠で阿弥陀仏を造って祀り、天下国家の安全と衆生(しゅじょう)成仏を祈りなさい」とお告げがあった。
 このことを織田信秀に話したところ楠を伐採し贈ってくれたので、享禄2年(1529)に京都から仏師を呼び阿弥陀像を彫ってもらった。様々な人に呼びかけてお堂を建立し、頼朝誕生の場所には祠を建てて寺の鎮守とした。
 元亀元年(1570)には上人に任ぜられ「熱田上人」と呼ばれるようになり、慶長6年(1601)に96歳で遷化した。


『尾張名所図会』
◇権力者の手厚い庇護
 亡くなる前年の慶長5年(1600)にもらい火で全焼したが、12年(1607)に豊臣秀頼の命で再建され、翌年には前田利家の室(妻)が鐘楼を再建している。
 元和元年(1615)には当時の淸須城主である松平忠吉が東南の築地塀を、寛永7年(1630)には初代藩主義直が阿弥陀堂の重葺と方丈や書院を建設している。寛文元年(1661)には2代藩主光友が門と築地塀を新設し諸堂宇の修繕をした。
 その後、痛んできたので享和3年(1803)に本堂や諸堂宇の再建が行なわれたという。

 このように誓願寺は、各時代の権力者による手厚い庇護を受けてきた寺である。





 2022/02/22